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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)5558号 判決

原告

石井一幸

被告

川口柳一郎

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し金九四万円およびこれに対する昭和四七年五月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金二一八万一二八二円およびこれに対する昭和四七年五月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  事故の発生

昭和四五年八月七日午後六時三〇分頃、東京都板橋区上板橋一丁目一九番地先旧川越街道の交差点において、被告川口政男運転の軽四輪貨物自動車(練六な三五一八号、以下、単に被告車と称する)と原告運転の自転車とが衝突し、その際原告は自転車と共に転倒して傷害を受け、また原告所有の自転車が破損した。

2  責任原因

被告らはそれぞれ次の理由により原告が本件事故により蒙つた損害を賠償する責任がある。

(一) 被告川口柳一郎は、右被告車を所有しかつ同被告の業務に使用して、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の責任がある。

(二) 被告川口政男は被告車を運転して信号機の設置されていない本件交差点に差しかかつたが、交差点手前の横断歩道上の通行人を避けようとして、センターラインを越え道路右側部分にはみ出して本件交差点に進入し、折から被告車の進路前方右側道路より交差点に進入して発進しようとしていた原告の自転車をはねとばしたものである。

よつて同被告は、前方不注意および通行区分違反の過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条の責任がある。

3  損害額

原告は本件事故により外傷性頸部頭部症候群の傷害を受け、昭和四五年八月九日から同年九月一六日まで入院したほか現在まで通院して治療を受けているが、なお後遺症を残す見込みである。右受傷及び自転車破損による原告の損害額は以下のとおりである。

(一) 積極損害 小計金三一万九五六五円

(1) 治療費 金二二万八六一五円

但し被告らから既に支払いを受けたものを除いたものである。

(2) 通院交通費 金二万九六〇〇円

(3) 付添費 金四万六八〇〇円

右三九日間の入院中、原告の母が付添つた。この損害は一日につき一二〇〇円の割合によつて評価するのが相当である。

(4) 入院雑費 金九七五〇円

右入院中一日二五〇円の割合による。

(5) 自転車修理費 金四八〇〇円

(二) 逸失利益 金八一万一七一七円

原告は、本件事故当時月平均六万三四七三円の収入を得ていたところ、右受傷のため昭和四六年六月二〇日まで右収入を得られなかつた。このうち昭和四五年一〇月六日以降の休業損害は金五三万九五二〇円(六万三四七三円×八・五)である(右以前の分は被告ら主張のとおり弁済を受けている。)。

また、原告は昭和四六年七月以降も事故前の就業状況に回復しえず、昭和四六年三月末までの各月毎の収入と事故前の平均月収額(金六万三四七三円)との差額は左表のとおりであつて、合計金二七万二一九七円の得べかりし収入を失い、これも本件事故に基づく損害である。

実際受領額 事故前の平均月収との差額

昭和四六年七月分 三六、四八〇円 二六、九九三円

八月分 四九、二八〇円 一四、一九三円

九月分 二三、〇四〇円 四〇、四三三円

一〇月分 二三、〇四〇円 四〇、四三三円

一一月分 三〇、七二〇円 三二、七五三円

一二月分 五二、五二〇円 一〇、九五三円

昭和四七年一月分 二〇、四八〇円 四二、九九三円

二月分 四四、五〇〇円 一八、九七三円

三月分 一九、〇〇〇円 四四、四七三円

合計 二七二、一九七円

(三) 慰藉料 金一〇〇万円

(四) 弁護士費用 金五万円

4  よつて、原告は被告ら各自に対し、前記(一)ないし(四)の損害合計金二一八万一二八二円およびこれに対する損害発生後の昭和四七年五月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項(一)の事実は認める。

3  同2項(二)の事実は争う。

4  同3項の事実中原告の自転車が破損したことは認め、その余はすべて不知。

三  抗弁

1  (過失相殺)

被告川口政男は被告車を運転して本件交差点に差しかかり、横断歩道上に歩行者を認めて一旦停止した後、歩行者がいなくなつたので時速一〇粁で発進した矢先に、原告運転の自転車が右側から交差点に進入してきて出合頭に衝突したものである。被告車進行の道路と原告自転車の進行道路とを比較すると、前者の方が交通頻で繁ある。原告は、横断歩道の直近におりながら、横断歩道を渡らず、かつ被告車を八メートル手前に発見しながら、被告車が他の横断歩行者のため停止するであろうと安易に即断して発進した過失があるから、賠償額の算定に当りこれを斟酌すべきである。

2  (一部弁済)

被告は原告に対し、原告の本訴請求分以外の損害に対し、治療費一七万四六八〇円、休業損害一一万五〇〇〇円、合計二八万九六八〇円を支払つている。

四  抗弁に対する認否

抗弁1項は争う。同2項の事実は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1項の事実(事故の発生)および同2項(一)の事実(被告川口柳一郎の責任原因)はいずれも当事者間に争いがない。そうすると被告川口柳一郎は、本件事故に基づく原告の受傷損害を賠償する責任がある。

二  次に本件事故態様につき判断する。

〔証拠略〕によると次のとおり認められる。

本件事故現場は西方成増方面から東京池袋方面に通ずる道路(以下甲道路という)と南方桜川町方面から北方上板橋駅方面に通ずる道路(以下乙道路という)とが略十字に交わる交差点内である。甲道路は幅員七米の歩車道の区別のない舗装道路で中央にセンターラインの表示があり、本件交差点の成増寄り入口にはゼブラ模様の横断歩道がある。乙道路の幅員は交差点から南方において五・二米、北方において五米で、舗装されているがセンターラインの表示はない。南方の道路は北方に向けての一方通行路である。付近は商店街で、甲乙道路とも歩行者は多いが車両の通行は甲道路の方がはるかに頻繁である。制限速度は毎時三〇粁に規制されている。本件事故当時は雨が降つていた。

被告川口政男は被告車を運転して甲道路を成増方面から池袋方面に進行し本件交差点に差しかかつたが、交差点手前の横断歩道上および交差点内を横断している歩行者があつたので横断歩道の手前で一旦停止し、これら歩行者をやり過した後、続いて右側から横断すべく道路中央に近寄つてくる傘をさした数人の歩行者があつたが、その前に交差点を通過しようとして発進して、時速約一〇粁に加速したところ、右方の傘をさした歩行者の間から原告運転の自転車が出て来たのを衝突の直前に発見し、回避の暇もなく被告車前部右側フエンダー部分を原告の自転車前部に接触させた。

原告は自転車に乗つて桜川町方面から乙道路の中央よりやや右寄りを進行して本件交差点に差しかかり、交差点内に自転車一台分くらい出て(甲第七号証の六、七)一旦停止した。その際左方を見たところ被告車が横断歩道の若干向う側を徐行して来るのを認めたが、前記のとおり既に横断中の歩行者のほか、さらにこれに続いて横断しようとする歩行者があつたため、被告車がこれらを待つてから交差点に進入するものと考えてその後は被告車の動きを見なかつた。そして一旦停止後歩行者が自転車の前を横切るように横断したのでそれをやり過すため暫時停止した後、左方を見ないまま、周囲にいる歩行者の間から自転車を発進させたところ、前記のとおり発進した被告車に衝突され、転倒した。なお原告は近視であるが眼鏡は使用していなかつた。

衝突地点は交差点内の甲道路センターライン上付近である(原告は被告車がセンターラインを超えていたといい、被告川口政男はセンターライン内を進行していたといい、その厳密なところは本件証拠上確定しえないけれども、いずれにせよセンターラインからさほど離れていないことが前掲証拠により認定でき、本件道路の状況と事故の態様に照らし、その些細な差が原告と被告川口政男の過失の大きさにさほど重大な影響を及ぼすものとは考えられない。)。

以上のとおり認められ、原告および被告川口政男各本人尋問中には些細な点で右認定と喰い違う部分があるが、その部分は採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告川口は横断歩行者の途切れたのを見計らつて後続の歩行者より先に交差点を通過しようとする余り、前方右側方面をよく見なかつたため、歩行者の間に原告の自転車が交差点を通過しようとして停止しているのを発見しえず、一方原告は前認定のとおり一旦停止した後発進まで若干の時間経過があつたのに、被告車がその間交差点に進入することはないものと軽信してその動きに全く注意せず、このため被告車と原告の自転車とが相互の確認を全く欠いたままほとんど同時に発進して、出合頭に接触するに至つたものと推認される。

三  前項認定の事実によれば、被告川口政男は一時停止後交差点に進入するに当り右前方に対する注意を尽さなかつた過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

四  そこで進んで原告の損害につき判断する。

〔証拠略〕によると、原告は本件事故により外傷性頭頸部症候群等の傷害を受けたこと、このため昭和四五年八月七日および八日の二日間常盤台外科病院に通院、同月九日から同年九月一六日まで三九日間矢作病院に入院、翌日から同月二二日まで四回同病院に通院、同月二一日から昭和四六年六月一四日まで一八八回板橋中央総合病院に通院、同月二五日から同年一一月二二日まで二二回常盤台病院に通院して治療を受けたこと、この間昭和四五年九月二二日矢作病院で治癒の診断を受けたことがある(もつとも頸部の疼痛は残していた―乙第五号証)が、主として頸部や肩部の症状がとれないのでその後も右のとおり通院を続けたこと、右板橋中央総合病院から常盤台病院への転院の理由は、前者において原告の希望する診断書がもらえなかつたことにあること、現在なお頸部・頭部・背部・腰部等の痛み、肩こり、発汗、時々めまいなどの自覚症状を訴え、常盤台病院で昭和四六年一一月二二日付で労災後遺障害級別一四級九号に該当する旨の診断を受けたことがいずれも認められる。そして、原告の症状は自覚症状だけで、他覚的所見が認められないし、前記治療の経過や後に認定する原告の受傷後の就労状況等に照らすと、原告の症状には多少とも心因的な要素が加味されている疑いがあるが、原告が右一四級九号該当の後遺症を残したことは、肯認することができる。

右受傷および原告所有の自転車破損による損害の数額は以下のとおり認められる。

(一)  積極損害

(1)  治療費 金二二万八六一五円

〔証拠略〕により、原告は被告主張の既払いの治療費のほかに、右金額を下らない治療費を要したことが認められる。

(2)  通院交通費 金二万九六〇〇円

前認定の通院の状況と原告本人尋問の結果に照らし右程度の交通費を要したものと認めうる。

(3)  付添費

原告本人尋問の結果によると原告は入院中母に付添つてもらつたことが認められるが、その必要性につき原告は、右足打撲により事故後一五日以上ひとりでは歩けなかつたと供述するが、〔証拠略〕に照らし直ちに採用できないし、他に右必要性を認めるに足りる証拠はないから、付添費損害は認められない。

(4)  入院雑費 金九七五〇円

入院生活に一日当り二五〇円程度の雑費を要することは経験則上肯認しうる。その三九日分は右金額である。

(5)  自転車破損による修理費 金四八〇〇円

〔証拠略〕により認められる。

但しこれは受傷に基づく損害ではないから、被告川口柳一郎の自賠法三条の責任の対象にはならない。

(二)  逸失利益 金六六万〇一一八円

〔証拠略〕によると、原告は昭和四五年四月二五日から株式会社城北電業社に電工として勤務し、事故前三ケ月間月平均六万三四七三円の給与を得ていたところ、事故後昭和四六年六月二〇日まで同社を休業して給与を全く得られず、その後勤務に復して昭和四七年一月まで勤務し、また同年二、三月は浅見電気商会に勤務を変えたが、出勤日数が少いためこの間の収入は原告主張のとおりにとどまつたこと、その後は現在まで仕事をしていないことが認められる。

ところで右のうち昭和四六年六月二〇日までの休業については前認定の通院の程度に照らしてやむをえないものと認めうるが、同年七月以降昭和四七年三月まで九月間の減収については、前認定の当時の症状の程度、通院の程度(昭和四六年六月一五日以降同年一一月二二日までの通院は概ね週一回程度である)、その後の出勤状態に大きな変動があることおよび現在原告は仕事をしていないのであるがそれが全て右受傷によるものとは考えられないこと等に鑑み、原告の勤労意欲に基づく部分が相当程度含まれているものと考えられ、その差額の全てを本件事故と因果関係あるものと認めるわけにはいかない。この分については概ね治療中の昭和四六年一一月まで五月間につき事故前の収入の三〇パーセント、その後の四月間につき一〇パーセントの限度で因果関係ある減収とみるのが相当である。

よつて本件事故と因果関係を肯認しうる逸失利益は、原告が既に被告らから支払いを受けたと自認する期間の分を除き、昭和四五年一〇月六日から昭和四六年六月二〇日まで八・五月間の全休による損害五三万九五二〇円(六万三四七三円×八・五)とその後の九ケ月の減収損害一二万〇五九八円(六万三四七三円×〇・三×五+六万三四七三円×〇・一×四)との合計六六万〇一一八円と算定される。

(三)  慰藉料 金五八万円

前認定の受傷の程度、治療状況、その後の症状の程度等諸般の事情に照らし、右金額をもつて相当と認める。

(四)  過失相殺と一部弁済

前第二項認定の事実によれば、本件事故発生については、原告にも、既に被告車が交差点に差しかかつているのを知りながら、同車が自己の自転車が交差点を通過するまで交差点に進入することはないものと軽信し、被告車のその後の動きを全く見ないで発進した過失があるものといわなくてはならない。そこでこれによる減額の程度を考えるのに、前認定のとおり、自転車の周囲には同じく道路を横断しようとしている歩行者があつて、原告はそのため被告車がまだ交差点に進入しないものと考えたのであるが、自転車には歩行者が横断歩道を横断しようとしている場合のような優先通行権があるわけではなく、車両の一種としての規制に服するのであるから、交差点進入に当つても歩行者と同じような気持ちで行動してはならないことはいうまでもない。現に本件事故が発生したのは、自転車が歩行者より速度が早いため、周囲の歩行者の間から先に交差点中央に進出したために他ならない。そうすると原告の自転車にとつて被告車が左方車に当り、甲道路の方が車両通行の頻繁な道路であることも、自動車同志の事故におけるとは程度の差こそあれ、何ほどか考慮する必要がある。他方被告車運転の被告川口政男としても、多数の横断歩行者の間隙を縫うようにして、左右をよく見ないで発進した過失は決して軽いものとはいえない。その他前認定の事故態様に鑑み、本件賠償額を定めるにつき損害額の略三五パーセント程度を減額するのが相当と認める。

前(一)ないし(三)の損害合計は、被告川口政男に対する関係で一五一万二八八三円、同川口柳一郎に対する関係で自転車破損による損害を除き一五〇万八〇八三円であり、その他原告に治療費一七万四六八〇円、休業損害一一万五〇〇〇円、合計二八万九六八〇円の損害があつて、これを被告らが支払済みであることは当事者間に争いがないので、これを加算すると原告の全損害は、前者につき一八〇万二五六三円、後者につき一七九万七七六三円となるところ、原告の右過失を斟酌して賠償額を両者とも一一七万九六八〇円に減額する。これから右既払額を控除すると、残額は八九万円となる。

(五)  弁護士費用 金五万円

右認容額および本件訴訟の程度に照らし、右金額は弁護士費用損害として加害者に負担させるべき相当額の範囲内である。

五  以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し以上合計金九四万円とこれに対する損害発生後であること明らかな昭和四七年五月二〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜崎恭生)

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